ホンダ シビック CVCC クラッシックカー ディーラーズ

今回のクラッシックカー ディーラーズは、ホンダ シビック CVCC、77年式。

この車は、ホンダがまだ車を生産し始めて、間もないころのモデルだ。

この車のキャブレターは特殊で、プライマリーと、セカンダリーがある。
これらをエドはチューニングした。

マイクは、燃費を改善するため、混合器の状態をモニターするためのメーターをダッシュボードに装着した。

ボディも美しく修復した。

燃費の改善もうまくいった。
さすがは、マイクとエドのコンビだ。

私の近所の幼馴染の女の子がいた。幼稚園から中学まで同じ学校。彼女のお父さんがホンダに勤めていたので、家の車は、ホンダだった。まったく同一のモデルだったかは、今になっては、わからないが、CVCCのハッチバックであったことは間違いない。濃いブルーの車が彼女の家のガレージに停まっていた。

彼女は、幼稚園の頃から男まさりの活発な女の子だったが、生意気で、小学生のときに同じクラスになったこともあったし、家に遊びに行ったこともあったが、どことなく好きになれなくて、子供ながらに、ある程度の距離感を持って接していた。

中学生になり、私は、当初、軟式テニス部に入ったが、顧問の教師が気に入らなかったので、1年の夏休みが始まる前に、その教師に直接、退部することを告げたが、了承したことは言ったが、それ以上のコメントはなく、少し、肩透かしをくらった感じがした。退部することを言えば、辞める理由や、引き止め、説教があることを多少想定していたが、そういったものが一切無かったからだ。

彼は、学生時代、ずっとテニスをしていたスポーツマンではあったが、一浪して、慶應大学の英文科を卒業した教師だった。足腰を鍛えるために、毎朝遠くから、自転車で学校まで通っていた、堅物のイメージがあり、反抗期にある男子中学生からは煙たがられていた。

前述の幼馴染の彼女は、バレーボール部に入り、レギュラーのポジションを取って活躍していたようだが、年頃になって、男子に対して生意気な態度をとったりすることもなくなり、彼氏も出来て、しおらしくなった。

そんな彼女だったが、彼氏がいるにもかかわらず、私の家に放課後よく電話をしてきた。今になって考えてみると、私に対しては、気持ちとして、まんざらでもなかったのではないかと思う。家も近かったし、家に呼んだら、いい感じになったと思う。

その当時は、他にも仲の良い女の子が何人かいたが、特定の彼女はいなかった。付き合っているわけでもないのに、私の家に遊びに行ってもよいかと言われた。嫌いではなかったが、それほど好きでもなかったので、応じなかった。

確か、父親も教師で、今になってみると、それなりの信念を持って教職に就いたのではないかと考えている。

私は、引退時期まで陸上部に所属し、朝練、午後練と暗くなるまで、ひたすら、グラウンドを走っていた。そして、部活が終わると、くたくたになった状態で塾に向かった。

中3になってから、部活を引退すると、何か、心にぽっかり穴が空いたようになり、悪友と、昼は、タバコを吸ったり、ビールを飲んだりして、その心の隙を埋めていたように思う。

高校になると、その空虚感は、中3のときの楽しいクラスの反動もあって、ますます強くなった。



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