フォード マスタング 66年式 クラッシックカーディーラーズ

フォードマスタングは、アメリカの名車で、日本でも人気車種だ。クーペとオーブンになるコンバーチブルがある。私は、ハワイで2度、コンバーチブルのレンタカーに乗ったことがあるが、海沿いをオープンにして走るのは気持ちいい。ハワイは日中暑いので、オープンにして走るには、しんどいが、朝夕は涼しくなるので、この時間にホロを開けてオープンにして走るのはおすすめだ。

今回取り上げるのは、1966年式のマスタング クーペで、マックイーンが映画で乗っていたものと同じ車だ。日本のケーブルテレビのディスカバリーチャンネルでやっている、クラッシックカーディーラーず(英語名:Wheel Car Dealers)の内容を紹介したい。この番組は、程度がそこそこの中古車を買い取り、修理して(レストア)、他の人に転売して利益を得るというシナリオ。この番組はイギリスの人気番組でとても長い年数やっている長寿番組。2人のメイン・キャストの1人であるマイクは若い頃から出演しているが、最近は、大分老け込んできた感じがする。残りの1人のキャストのエド・チャイナも番組当初から出演していたが、途中から降板した。このマスタングのときには、まだエドが車の整備を担当している。かなり腕の良いメカニックだ。エンジンまわりの整備から、パーツを自作したり、板金塗装までこなすマルチ整備工だ。私は彼が好きだったので、番組を降りたのは非常に残念だ。

このプログラムは、イギリス(多分ロンドン近郊のどこかの貸し整備場)で整備、撮影しているが、このシリーズくらいから、米国西海岸のカリフォルニアまでマイクが主にアメ車の買い付け出張に来ている。今回は、イギリスから、はるばるカリフォルニアに来て、直接売主の家に出向き、66年式マスタングを個人売買で購入した。ボディーカラーは黒。外装は、右フェンダーパネルに凹みと傷があったが、代替の左右フェンダーパネルをオーナーが自分でレストアする予定で購入していたパーツがあったので、それらもマイクが譲り受ける前提で購入した。アメリカ カリフォルニアの荒涼とした広い大地を突き抜ける広々とした道路をマイクが購入前に試乗した。

ハンドルを話すと、片側にハンドルが取られた。良くない兆候。ブレーキをテストするため、前後に車が走行していないことを確認する。ブレーキを踏み込むと止まりはするが、ブレーキの効きがどの程度か判断しにくい、フィーリング。両方とも問題で、値引き交渉の材料となるとマイクは判断し、オーナーと買い取り交渉を行う。

イギリスに船で輸送されたマスタングは、エドの待つ、イギリスのガレージにマイクに持ち込まれる。エドが66年式のマスタングを見ると、これまでの番組に登場した車の中でもベスト10に入ると歓迎した。

早速、エドがパワーステアリングのハンドルのブレを直すために整備を開始。パワーシリンダーをオイルを抜いてから外す。パワーシリンダーからのオイル漏れを発見。中にほこりが入るのを防ぐ役割を果たすシールを交換する前に、シリンダー内を洗浄し、50年分の汚れを落とした。シールを取り付けるときのコツは、オイルを塗ること。また、シリンダーにブラックサテンを塗装し、錆びつきを防ぎ、見た目も良くする。点検時に外したダストカバーを取り付ける。それから、油圧オイルを補充する。オイルリザーバーを満たしたら、オイル抜きを行う。エンジンをかけて、異音がしなくなるまで、ハンドルを切る。そうすれば確実に装着出来る。異物が入ってシールが劣化したことによるもの。どこが悪いか確認すると、すぐにボールジョイントの緩みがもたらしたハンドルの異常と判断。ロアーアームと左右セットで交換し、ブレを解消した。費用は25ポンド足らずで済んだ。円換算で3千3百円ほど。

内装を綺麗にするために、マイクがアメリカ西海岸のマスタング パーツ専門店で、ダッシュブードのアルミ製のパネルと、ヘッドライトカバーなどを購入し、取り付けて、購入者へのアピールポイントとする。ここの店では、マックイーンが出演した映画グリットでマックイーンが運転していたマスタングのホイールそっくりのアルミホイルを1本125ドルで4本購入。イギリス帰国後取り付けた。

マスタングは、250馬力あるので、ブレーキの性能の状態が良くないのは不安材料であるので、エドは、ドラムブレーキの整備に取り掛かる。ブレーキシューを見ると磨耗している、シリンダーの状態も悪いので、シューの隙間を調整した。傷んだブレーキホースも交換した。もしホースが痛むと油圧が効かなくなり、ブレーキが効かなくなり、大変危険。こうして、リアブレーキとパワーステアリング不具合の調整を完了した。

次は、車の塗装のレストアに取り掛かる。前のオーナー購入したときは、ボディカラーがブラック。これをダークグリーンメタリックに変更した。ブリティッシュ グリーンは、イギリスのレースカーでは定番の伝統色。イギリス人への売却を考えれば、無難なチョイスだ。エドは、塗装工場にやってきた。エドは、塗装の時が一番ワクワクするとのことだ。やはり、ダークグリーンは、イギリスで良く売れる色とのことだ。塗装したことで、美しい仕上がりになった。

新品のエンブレムとクロームバンパーを、ポールの手を借りて取り付けた。

そして、期待以上の状態に仕上がり、マイクもエドも満足だ。私もとてもいい車だと思った。リアからみた66年式のマスタングは、昔あったセリカのリフトバックにとてもよく似ている。近所の中華屋のオーナーがベージュのリフトバックに乗っていた。良い車だなと子供ながら思ったものだ。

出来上がったマスタングを映画撮影をする場所に持ち込み、マスタングに乗り込むマイクと、警察に扮したエドが乗るパトカーでカーチェイスの真似事をして楽しんだ。

購入費用は、1万3千ポンド、アメリカからイギリスへの輸送費などを足し合わせると、約1万8千ポンドだが、これは、マイクの想定内。息子と共同で買うという購入希望者に2万5千ポンドで値引き無しで売り、7千ポンドの儲けとなったというが、エドが寝る間を削って仕上げたのだから、それに見合ったものだろう。

投稿日: カテゴリー

トヨタ MR2 SW20 に乗っていたときのこと

会社に入社して2年目くらいのときに、トヨタMR2のG-Limited Tバールーフを買った。色は赤。色については、好みの分かれるところだが、自分のスポーツカーのイメージは赤だった。山口百恵が歌っていたのが、真っ赤なポルシェだったからでもない。幼少の頃、親の友達のおばさんに百貨店のおもちゃ売り場で買ってもらったブーブーが赤いジャガーEタイプだったからかも知れない。MR2はリトラクタブルだから、フロントライト形式は異なるが、左右の感じは似てなくもない。フェラーリと言ったら赤という人もいる。

 

 

MR2を選んだ理由は、そのスタイリングが大きな理由の1つ。フェラーリをデザインしたピニンファリーナが、MR2(SW20:エンジン型式)をデザインしたと言われている。MR2のサイドの流れるようなラインは、フェラーリのテスタロッサを想起させる。ミッドシップのエンジンが収まっている、ドライバーズシート後方にかけての外のピラーからリアエンドにかけてのラインと、リアボンネットのデザインもどことなく、同様にエンジンがリアに置かれているフェラーリと形状が似ているように思うのは私だけではないだろう。MR2のフロントマスクは、ヘッドライトが収まっているあたりから、サイドミラーに向かい伸びている、丸みを帯びた、どこかボリューミーな感じが、グラマラスな感じで、また、セクシーな感じ好きである。はじめて夜の街をMR2で流したときに、ヘッドライトが収まっていたボンネット下から出てきたときには、感動した。季節は秋だったので、上のTバー・ガラスルーフを外して、オープンにし、外の風を頭上からも感じた。とても爽快な感じだった。サイド・ウィンドウも降ろすと、秋の冷ややかな気持ち良い風が車内に流れ込み、体を包む。後方のミッドシップエンジンからは、低速ギアで回転数を上げると、心地の良いエンジンサウンドが後方から感じられるのは、ミッドシップエンジンの醍醐味だ。

 

 

ドライバーズ・シートは非常にタイトで、コックピットのようだ。センターコンソールは、ギア変速がし易いように、ドライバーがコンソールにひじをかけながら、シフトチェンジが出来るよう、高めにレイアウトされている。ただ、移動のために乗るための車ではなく、運転そのものを楽しむために設計された、当時の日本では、スポーツ性能を徹底的に高めるための工夫が到るところに施されている車なのだ。この車はもちろんオートマチック・トランスミッションの仕様もあった。だが、それを選ぶのは、もったいない。私は当然マニュアル・トランスミッションを選んだ。そして、そのシフトフィールに惚れ込んだ。トリプルコーン・シンクロが内臓されていて、シフト・チェンジを繰り返すごとに、そのフィールの小気味良さを体感出来るのだ。

 

 

MR2での、峠道の走りは最高だ。だが、コーナリングで、腰で回るような感じがするのは、AW11のMR2の方が強く感じる気がする。そういった意味では、AW11のコーナリングを友達の車ではじめて体感したときの感動は今でも忘れられない記憶として残っている。車重の軽量化が徹底して計られているということもあり、加速感も刺激があった。MR2の前に乗っていたホンダのCR-Xも軽量化が徹底されたスポーツカーで、その走りは最高だったのを今でも覚えている。

MR2は、エンジンが前になくフロント、ライトであるため、コーナーでの回頭性は俊敏かつ、非常に高い。フロントのボンネットを開けると、スペアタイアが入っているのが目につく。そして、標準で、ストラット・タワーバーが装着されていて、これが、車体剛性と、コーナリング性をより高めることに貢献している。フロントのトランクは、そのスペアタイヤを置くことでスペースの残りの余裕が殆ど無かったが、私は、ちょっとした洗車用具を入れていた。

  

 

キャビンの中は、二人乗りなので、後部座席が無く、薄いカバンが1つ入る位のスペースしか無い。Tバールーフを外すと、移動先に持っていくことになる場合、席の後ろに置くしかないので、そうすると他のものを運転席・助手席の後ろに置くことはでき無い。そういった利便性を敢えて捨てることで、スポーツ性を高めているのである。実用性の優先度は低くし、走りを追求する姿勢は賞賛に値する。中途半端なところを徹底的に削ぎ落とす、この潔さが私は好きだ。サイド・リア・パネルには、エアー・インテークの穴が空いているが、このデザインも洗練されていて、好きなパーツである。スポーツ感が高い。後ろのウィンドウは、後部座席が無いので、昼間でも全く見えない透過度のスモークを貼って、プライバシーを確保した。これがあることで、渋滞中でも心置き無く、隣の愛しい彼女とキスをしたり、いちゃいちゃ出来た。

 

 

エンジンはノーマル・アスピレーションNA:自然吸気で、ターボなど過給機などは無かったので、ラグ無く低速から加速出来る心地よさがあった。170馬力は必要かつ十分なパワーだった。当時としては、パワーのある部類である。先輩のトヨタ・スターレツト・ターボが前方を走っていて、私が後方から来ているのに気づいて急加速をした。かなり速かったのを記憶している。当時、スターレットは、スポーツ・ドライブを重視する友達に人気があった。足回りを替えて、ラリーに参加している友達もいた。

近所の先輩は、ギャランでラリー仕様にしていたが、私がMR2に乗っているのを見て、ジムカーナをすすめてきたので、興味があったが、その後、やることはなかった。かといって、峠を攻めに行く走り屋だったわけでもない。すぺてノーマル仕様で乗っていた。ホイールやマフラーを変えることも考えたことがあったが、結局、そのまま乗っていた。

 

 

リアのエンジン・ルームはかなり狭いスペースにぎっしりと、様々なパーツが詰まっているがために、上から届きにくいパーツの交換の場合、一旦、エンジンまわり一式をボディーから切り離す必要がある。その場合、時間換算の工賃が高くつくことがあるので、中古の購入を検討している人は、走行距離と整備記録を照らし合わせて、その該当パーツの交換時期に来ていないか確認することが必要だ。

タイヤは前後は、ノーマルとしては珍しくサイズが異なるものだった。扁平率は、前が55、後ろが50だった。フロントが前後のタイヤので幅が異なり、前輪が小さかったので、その分フロントがリアよりも車体が下がっていて、それがまたカッコ良かった。結構運転が荒かったので、タイヤの減りが早く、タイヤが減ってくると、扁平率とタイヤ性能の関係で、わだちが深い国道や高速道路では、ハンドルを取られやすく、よくヒヤヒヤした。

フロント・ライトでエンジンが後ろの場合、雪が降ると、ちょっとしたことで、スリップして、タイヤがロックする。タイヤがロックするとハンドルが効かなくなるので、危険だ。一度、高速を走っている途中で雪が降り出し、レーンのラインが見えなくなるほぢ、雪が降り続く中、30キロ以下でノロノロ運転して数十キロ走ったことがあった。高速運転中は幸いスリップしなかったが、一般道に降りて集中力が切れて、タイヤがロックし、縁石に当たって車が止まったことがあった。スピードは出ていなかったのでダメージはなかった。

一度、どのくらいスピードが出るか最高速度を試しに高速道路で走ったことがある。メーターは一応180キロまでついている。それを超えて、メモリがないところまで数センチスピードを示す針が進んだところで、リミッター(燃料供給カット装置)が働いて加速が止まった。180キロまでのメモリ幅から換算すると、190キロくらいまで出たようだが、車の挙動が著しく悪くなるようなことは無かった。車高が低く、空力抵抗を考慮した製作されたボディ形状であることにより、そのくらいのスピードが出ても耐えられたと考えている。フロントとリアにはスポイラーが標準で装着されている。Optionという車雑誌では、ドイツのチューナー、フィリティンガーが製作されたスポイラーキットが紹介されていて、とてもカッコ良かった。

投稿日: カテゴリー

ロールスロイス イギリス生産工場のハンドクラフトに見る車づくりの粋

ロールスロイス イギリス生産工場のハンドクラフトに見る車づくりの粋

JCOM-TVのディスカバリーチャンネルの車番組で、ロールスロイスのこれまでの歴史と、イギリス南部にある製造工場、の生産工程と、試乗のインプレッションが紹介されていた。

日本では、実業家や、タレント、歌手などが所有している。歌手では五木ひろしが、世田谷の自宅に所有している。彼は、演歌歌手としては不動の位置にいて、毎年NHK紅白のトリとして、招かれている。また、日本全国津々浦々、コンサートをして、稼ぎまくっているのだから、ロールスロイスの最新モデルを常に購入し、それを維持していくだけの資金、財産が豊富にあるのだ。高校のときの同級生が、世田谷の外車ディーラーに勤めていて、五木ひろしの車を担当している。最後に聞いた話では、ロールスロイスは5千万円ほどの車体価格である。紅白に参加するときには、このサバランで代々木のNHKホールに乗りつけるらしい。因みに彼の奥さんは、メルセデスに乗っていて、その車も同級生が営業、整備の担当をしている。

 

 

ロールスロイス社の設立は1906年で、大変歴史が長く、その伝統が今でも受け継がれていると言っても過言ではない。設立当初より高級車の生産をしていて、ドライバーズ・カー(自分で運転する車)ではなく、お抱えの運転手がいて、ロールスロイスのオーナーは、後部座席でゆったり寛ぐというのが、ロールスロイス社発足当時からのコンセプトである。イギリスでの発足当時は、イギリスの貴族、アメリカの実業家などが顧客であった。それは、基本的には、現在もその経営スタンス、製造コンプセプトは変わらないものの、最近では、顧客ターゲットを広げ、その年齢層を7歳ほど引き下げることに成功を持たらす、ドライバーズ・カーとしてのロールスロイスを高級車市場に投入し、成功した。それが、ロールスロイス レイスである。それまで、ロールスロイス所有者の平均年齢は、53歳と高めであったが、ロールスロイス社は、経営の存続の観点から危機感を強め、それまで長年に亘り踏襲されてきた、お抱え運転手付きの車から、ドライバーズ・カーの市場にも踏み込み、ロールスロイス所有者平均年齢を7歳引き下げ、46歳とすることに成功した。今後、当社の、ロールスロイス レイスにおける方針転換の舵取りが、経営状態にどのように影響を与えていくかは、今後のマーケット状況と、顧客層の好みの方向性次第ではあるが、ひとまずは、ロールスロイスの経営陣がほっと肩を撫で下ろす良い結果を得ることが出来たと言って良い。

 

 

後部座席にゆったりと座り、日頃の責任からくる重圧感から一時の開放感を感じたり、今後の仕事の在り方においての思索を頭の中で巡らせたりすることは、多忙な生活をきわめる人々にとり、生活の中の重要な時間の位置付けとなるということであるならば、ロールスロイスのこれまでの概念通り、ロールスロイスは、自らが運転するのではなく、後部座席に座り、運転手を雇い入れて、運転してもらうのが、この車の正しい在り方であるのだろう。

 

その一方で、車は、自分で操ること自体が素晴らしいことであり、人生や生活の一部に浸透し、スパイスを与えてくれる重要な要素なのである。そして、その楽しみが生活の中での優先順位が高いという人たちも多い。自分が持ちうる財産のなかで、その財産の多くを車に使うような車愛好家の人たちである。

 

 

ロールスロイス レイスは、ロールスロイス社がドイツBMWの資本により買収されたのちも、その生産工場は、イギリス ウェスト・サセックス州のグッドウッドに拠点を置いている。ロールス・ロイスの本社機能もここにある。

 

 

ロールスロイス・レイスを生産する、この生産工場には、特筆すべき特徴がある。一部の工程を除き、ロボットによる生産を行わず、1台を生産するのに実に3日以上を要している。現代の一般的な車の生産所要時間を考えると、とてつもなく時間がかかって作られている車なのである。

 

 

ロールスロイスの価値を考える。それは希少性。巷ちまたに出回っている台数が圧倒的に少ない。見かけるエリアではよく見る車だが、地方で見ることは皆無に近い。都内では、昼間であればオフィス街でロールスロイスを見かけることがある。夜では、高級料理店の前に停車しているのを時折見かける。だから、効率性を重んじて大量生産することに重要性はない。

 

 

生産台数の少ない理由は、基本、受注生産だからである。ボディーカラー、内装の色や仕様、ステッチなどは、世界各地にあるディーラーの店舗で客の要望や好みをヒアリングして、それを生産工場のある英国グッドウッドに伝えることも可能。しかし、例えば、シートの色は実に千差万別で、既存の色以外にもサンプルの在庫が無いような、色や素材を特別注文することが出来るシステムになっているのである。そして、イギリス グッドウッド本社には、オーダーを顧客から聞き取るスペース・カウンターがあり、そこで、専門スタッフと相談しながら、世界に1台しかない、ロールスロイス・レイスを作り上げることが出来るのである。

 

 

工場の車体の組み立てスペースでは、作業員が、たっぷりと時間を費やし、効率性ではなく、完璧性を目指して作業を坦々と行っている。流れ作業ではあるものの、時間に追われるようなトヨタのようなカイゼン方式とは、かけ離れた製造風景が工場内では展開されているのである。ボディ全体の塗装が終わると、特別な個室ブースにレイスが持ち込まれ、熟練の作業員が、手描きで筆を用いて、オーダーされた一台1台異なる色の1本線をサイドボディに入れる。手作業であるから、機械やロボットのように均一ではなく、かえってムラがあるが、それこそが、伝統ある技術を持つ熟練工がハンドクラフトで描く価値あるデザインとして、顧客に喜びを持って迎え入れられる車となるのである。

 

 

これは、たとえばレクサスが目指すような、効率性を重要視される工場でつくられる高級車とは一線を画すものである。このような工程でロールスロイスを作り上げる作業員の給与水準は、大量生産されている工場のそれよりも高いと思われる。

 

 

日本の大手自動車メーカーが大量生産をしている自動車の組み立てラインで働いている人たちは、期間工の雇用形態の人たちも多い。そして、50歳くらいになると、体力的なものが考慮され、雇い止めとなり、その後、仕事が見つからず、路頭に迷う人も多い。大量生産される車は高級車と比較すると、廉価であるが、その価格は、低賃金で不安定な雇用形態で働いている人たちの犠牲の上に成り立っている。

 

 

ロボットでつくられた車は、何か味気なく、冷たく、そして温かみが感じられない無機質な感じがする。ロールスロイスは、ロボットではなく手作業で、そしてハンドクラフトを多用してつくられている分、温かみが感じられる。

 

 

日本人は、世界的に見ても手先が器用な人種である。これまで、大量生産とその効率性により、日本経済を支えてきたわけであるが、これからは、その器用さを武器にして、効率性ではなく、完全性、伝統を用いたモノづくり、ハンドクラフトを重用する、産業構造に方針転換することにより、そこで働く人たちの雇用と生活を守ることが可能であるならば、それを目指すべきではないかと思った。

投稿日: カテゴリー

外車・車検 ドイツ車のケース

外車の車検というと、高額なイメージが先行するが、実際のところ、どうなのか、これまでの経験に基づき、具体的に掛かった費用を含め明示していこうと思う。

私が現在所有しているドイツ車は、VWフォルクスワーゲン トゥアレグ、2005年式、4.2リッター、V8(V型8気筒エンジン)、325hp(馬力)、エアサス仕様、サンルーフ付きである。2010年に5年落ちで、神奈川県のとあるVWディーラーから、1年保証に、さらに1年の延長保証を付帯して、合計2年保証で購入した。

待ちに待った納車日。契約を済ませて、車に乗り込む。ワクワク感が止まらない。キーを回し、エンジンがかかり、V8の甲高いエンジン音が耳に入る。しかし、異常に気がついた。納車早々、レッドの警告灯が3つも点灯しているではないか。さすがに唖然とし、傍らにいた担当セールスマンに、顔がひきつりながら、その状況を伝える。

セールスマン曰く、「こういうことも、時折あります」などと、常套句を展開し、その場限りの取り繕いとしか思えない説明が続く。ひととおり、弁解が終わると、信じられないような言葉を言い放った。「警告灯はついていますが、今日のところは、このままお乗りになって帰られますか?」との給う。さすがに、あきれて、「このまま帰れるわけがないでしょう。」とやんわり遮り、穏やかに、「店長呼んでくれる? 」と私は言った。

ガラス張りのショールームの納車スペースに車をそのまま置いて、話をするために、店内の商談スペースに戻り、セールスマンと店長を交え、3人で話を始めた。さすがの私も、怒りを隠しきれず、率直に、納車早々に警告灯がついた状況で車を引き取らせるとは何事かと詰め寄った。そこから、2時間近く、押し問答を繰り返すこととなった。

納車前には、多数にわたる点検項目の整備をすることになっていたにも拘らず、車両の不良を示す警告灯が1つではなく3つも点いたのだから、納車前の点検を実際に行ったかどうかについても疑義が生じるような状況。今になってみると、その場で契約を破棄して、その場を去るということでもよかったかもしれない。が、私としては、かなり気に入った車であったこと、初めてのドイツ車で、中古ではあったものの、320馬力を超えるハイパフォーマンスであり、気持ちが高揚していたこともあり、その車を購入することにした。

但し、あまりにもリスクが大きいと考えたので、その場で考え、既存の契約書、とそれに付帯する2年保証以外に、半年以内に重大な故障が発生した場合には、購入代金は返金し、車両を返却することを別途定めた契約書を作成をすることを購入条件とすること、店長に合意させた。

ドイツ車の故障で、万が一トランスミッションが故障し、修理が不可能な場合、パーツの交換と整備で100万円はかかる(実際に、VWパサートを購入して、半年以内にトランスミッションが故障し、修理代が支払えなかったため、車を廃車にしたケースを知っている)からだ。この辺りの年式の VW車によくあるケース。

その話し合いの後、購入した車は再整備のため、置いていき、代車の別のトゥアレグに乗って帰宅した。その後の納車のときに、警告灯がつかなかったことは言うまでもない。幸い、その後、トラブルもなく、2年目の車検を2012年に迎えた。

車検は、車の購入先であるフォルクスワーゲン・ディーラー。その2年前の購入時の走行距離は、2万5千キロで、当車検時には、3万5千キロだったので、1年に5千キロしか走っていないことになる。車検の総費用は、28万円。当初は32万円だったが、気を遣って、部品代を4万円割引いてくれた。

内訳としては、重量税4万、自賠責2万、工賃8万、部品代14万。金額の大きいところでは、バッテリーが5万、シェルフ(車内コンソール)3万、オートマチック・フルードと、そのフィルターで4万、ストレーナー1万、関連ガスケットで、1.5万、エンジンオイル2万といったところ。オートマ・フルードなどの交換は、冬季、低速走行(時速20キロ以下)するときにオートマの1速から2速への変速のときに、ギアが滑る感じだったので、整備することとなったため。今になって考えてみると、車検のタイミングではなく、それ以外の時期に保証を適用して、整備させるべきであったと考えている。

2回目の車検は、2014年で、その時点の走行距離は、4万7千キロ。2年で1万2千キロしか走行していない。少ないほうだろう。このときの車検では、アイドラプーリーが交換時期に差し掛かっていたので交換。それでも部品代と交換費用で合計1万円程度に収まった。総費用は、22万円。重量税4万、自賠責保険3万(値上がり)、工賃8万、部品代7万。このときは、ディーラーに出さず、都内の高級外車販売店系列の整備工場に依頼した。トゥアレグを持って行ったときには、フェラーリ、ベントレー、マセラティが整備を待って陳列されていた。かなり忙しい店だったので、作業が雑だった。事実、そこでの車検を終えたあと、自宅の車庫に車が駐車しているときに、突然、セキュリティー・アラームが鳴り出した。理由が不明だったが、この2年後の車検のとき、理由が判明。バッテリーのケーブルがターミナルから外れそうになっていたからだ。それに気がついたのは、2年後の3回目の車検に出した工場の整備士に指摘されてのこと。2年も気づかなかったのだ。事故を起こさず、良かったと思う。ターミナルの締め付けが甘かったと思われる。高速走行時に路面の衝撃でバッテリーが外れて、ハンドルが効かなくなったり、急減速で、後続車に追突されたら、最悪死亡事故になりかねない大変危険な状態であったわけだ。今考えてみても、恐ろしい。

忙しいショップ、いい加減なところに整備を頼むと命を落としかねない。気をつけた方が良い。当然のことながら、それから、そこのショップに一切頼むことはなくなった。

3回目の車検。2016年のときで、走行距離5万9千キロ。2年で約1万2千キロで、前回車検時と奇しくも同じ距離となった。総費用は、合計35万円。前回よりも13万円増加。主な理由は、前後左右全てのブレーキローターと、パッドを交換したため。当該ブレーキ関連パーツは、費用圧縮のため、OEM部品を採用した。気をつけなければならないのは、OEMメーカーの品質問題。OEMとは、この場合、フォルクスワーゲンの純正部品ではなく、純正部品の仕様に合わせてサードパーティーの車部品メーカーが製作したパーツのことだが、OEMメーカーには大きく分けると2種類あることに気をつけることが重要。まず、フォルクスワーゲンのように車のメーカーが正規のOEM部品として認可しているメーカーがつくったOEM部品。そして、もう1つは、車メーカーが正式に認可していないメーカーが生産したOEM部品。こちらの認可を受けていないパーツは、部品の耐久性や性能が劣るケースがあり、ブレーキのような保安部品(車を制動する(停める)ような安全に関わる部品)の場合、走行中に破損して、車が停止出来ないような状況を招く危険性もあるということ。それに対し、純正部品の中古部品はどうだろうか。何年か走行した後の車から取り外した部品であるため、ある程度磨耗していることは考えられるが、性能や耐久性においては、車メーカーに認可されていないOEM部品よりも優れていると言えるので、中古部品が大量に流通している欧米では、認可されていないOEM部品の新品よりも中古で値ごろ感のある価格の純正部品が好まれるケースが多い。

参考までに、私が購入したOEM部品のデータ(正式にVWが認可しているかは不明)を以下列挙する。ただし、私が購入したメーカーが必ずしも性能や耐久性を保証するものではないので、各自、自己責任において、購入の検討、判断をいただくよう、お願いする。

注文日時:2016年10月16日 21時46分

商品名:Febi Fブレーキパットセンサー
純正No:7L0 907 637
OEMNo:23360
価格:¥1,980
数量:2
小計:¥3,960

商品名:Zimmermann Rブレーキディスク左右セット
純正No:7L8 615 601 C
OEMNo:600.3229.20
価格:¥22,800
数量:1
小計:¥22,800

商品名:Zimmermann Fブレーキディスク(左)
純正No:7L6 615 301 D
OEMNo:600.3224.20
価格:¥12,400
数量:1
小計:¥12,400

商品名:Zimmermann Fブレーキディスク(右)
純正No:7L6 615 302 N
OEMNo:600.3225.20
価格:¥12,400
数量:1
小計:¥12,400

商品名:Zimmermann Fブレーキパッド
純正No:7L0 698 151 S
OEMNo:23692.165.1
価格:¥16,800
数量:1
小計:¥16,800

商品名:Febi Rブレーキパッド
純正No:7L0 698 451 H
OEMNo:16619
価格:¥7,280
数量:1
小計:¥7,280
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商品合計:¥75,640
消費税:¥6,051
送料:¥650
お支払いの合計:¥82,341

注文は下記の会社から通販で購入し、直接整備工場に配達してもらった。

YELLOW MAGIC
〒130-0022
東京都墨田区江東橋1-10-10
TEL:03-6426-1600  FAX : 03-3846-8552
info@yellow-magic.jp

上記のOEM部品番号の上にある純正部品番号は、ディーラーに車検見積もりを出すとその明細書に明記されているので、それに対応したOEM部品だと分かるようになっている。

ただ、私が購入して装着した、このブレーキ一式の使用感については、あまり満足感がない。理由としては、交換前の純正品と比較して、性能が低下したように感じるからだ。具体的には、制動距離が伸びたように感じる点。ディスクローターは、交換前の純正品は、まだ暫くの間使用出来そうだったと整備工場長から聞いたので、もう少し待てば良かったと思った。この型式のトゥアレグのブレーキキャリパーは有名なメーカーであるブレンボ製なので、ブレーキシステム全体の性能は高く造られている。理由は、車両重量が2.7トン近くあり、メルセデスのSクラスのロングよりも重いから、その分強力なブレーキが必要であること。2つ目の理由としては、320馬力を超える、ハイパワー車であること。スピードメーターは純正で、320キロまでの速度計の目盛り設定となっていることから、ドイツのアウトバーンなどで、300キロ近いスピードからでも、車を制動するブレーキ性能が要求されるためと考えられる。

この3回目の車検のときには、バキュームパイブに亀裂があったため、交換せず、補修のみ施し、延命措置をしていて、それに約3万円かかっている。加えて、運転席エアバッグの配線修理に約1万円。ドレンホースの清掃(これをやらないと雨漏りすることがある)に1万。

以上の整備と部品代で、合計約25万円。残りの10万は税金、保険など。

外車の車検は高額になるから、ディーラーに頼まず、他の民間整備工場に依頼する場合でも、まずは、ディーラーに車を持ち込み、見積もりを出してもらうことをおすすめしたい。なぜなら、ドイツ車は、高性能ゆえに、パーツの寿命が国産車よりも短いため、思いもよらぬときに、部品交換に必要性が生じ、車が立ち往生するケースが多いからである。車は必ずしも、自宅近辺で不具合を起こしてくれるとは限らない。遠出をして、自宅から何百キロも離れていれば、たとえ仮に、搬送車やレッカー車で、自宅近くの整備工場に持ち込めたとしても、旅行中なら、旅行の日程を変更しなくてはならなくなるし、冬季に積雪のあるところであれば、レッカーもすぐに来てくれることを期待出来ない。山奥なら尚更だ。夜間で積雪地帯であれば、翌日にならなければ、路面凍結の状態であれば、車両の移動も出来ないかもしれない。そのようなことを考えると、部品の寿命が走行距離や経年年数によって、あらかじめ想定出来るなら、予防的に修理しておけば、限界が来て、出先で車が故障するよりかは、良いからにほかならない。

私の場合、自宅近くだったから、不幸中の幸いとも云うべきかもしれないが、ウォーターポンプが限界になり、オーバーヒートして、警告灯が点灯してしまい、車両重量が2.7トンで、レッカー車では牽引出来る重量を超えているため、搬送車を呼んだ。しかし、これが人里離れたところだとか、冬季の豪雪地帯の山奥だったら、ある程度自走して、街の近くまで降りてくる必要があったかもしれない。オーバーヒート状態で無理に走行すると、エンジンにダメージが加わるので、そのような事態は回避したいものだ。

このように考えると、ディーラーは、どのくらいの距離を走行すると、そろそろ、どの部品が交換時期に来ているかなどのデータの蓄積があるため、車検費用の見積もりを依頼すれば、車両状況を実際に確認したり、フォルクスワーゲン独自のテスターで不具合をコンピューター診断してくれるので、見積書によって指摘してくれて安心出来る。ディーラーではない整備工場もドイツ車用のテスターはあるが、メルセデスやBMW、AUDIなど他のドイツ車を含めた汎用性のあるものではあるため、特定のメーカーをより詳しく見ることが出来ない。メーカーが持っている膨大なデータベースにつなげるテスターでもないので、その診断性能は、圧倒的にディーラーが持つテスターが優位なのである。

見積もりは無料なので、見積もりが少し高いかなと思ったり、信用出来るOEM部品入手のあてがあるなら、自分で通販パーツを調達して、他のガレージに依頼しても良いのである。

参考までに、お伝えすると、2016年時の車検のタイミングで某フォルクスワーゲンディーラーに車検の見積もりを依頼したところ、合計89万円だった。

内訳は、ブレーキバキューム一式(工賃込み)で10万円(これが損傷しているとブレーキが効かなくなり危険なので、交換するしかないが)。

前述の私が購入したブレーキローターは、前後左右で4万7千円。に対して、ディーラー見積もりは、13万円で、7万3千円高い(ブレーキ制動力の差といったところか?)。私が購入したブレーキパッドは、前後左右で3万5千円。ディーラー見積もりは6万6千円で約倍の金額。合計約14万円の差額。

ディーラーの車検見積もりは、どこの部品を交換する必要性があるかを見るために有効である。

4回目の2018年の車検詳細。総費用32万円。このとき結局、前回合計10万円のブレーキバキュームを、約8万円で、交換した。ここの整備工場は、3回目のところとは違うところで、メルセデスのディーラーで長年整備を担当していた人が独立してはじめた工場。ドイツ車には詳しいようだったので、此処に依頼した。細かいところまで、よく気づく人で大いに助かり、安心して、車を運転出来る。ただ、このときに車両の下回りを点検したときに、エンジン下より、オイル漏れが発見された。漏れている量は、微量とのことで、すぐに直す必要はないとの話ではあった。オイル漏れの箇所は、リアクランクケースのリヤクランクシールが交換時期に来ていて、それを交換する必要性が次回の車検までに、走行距離や、他の兼ね合いであり得るとのことであった。問題は、このリアクランクシール交換のためには、エンジン一式(ラジエター、ウォーターポンプなど補機類も含め)と、トランスミッション一式を外す重整備になるとのこと。相当な手間と時間を要するため、工賃が場合によっては30万以上かかる見込みである。クランクシールのリア(後ろ側)とのことであれば、では、フロントはどうかと整備工場のオーナー(メルセデス整備出身、自家用車はベンスSクラスのロング)に尋ねると、時期が来れば、フロントも同様の状態になり、交換が必要とのこと。

この記事を書いているのは、2020年で、今年の秋車検だ。車庫に停車している私の車、トゥアレグの下にオイル漏れは無いが、エンジン下部は見えないので、詳しい状況は不明。

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未知の感染症に備えた 新時代の副業・ビジネスとは?

新型コロナウィルスの発生は、社会のあり方を大きく変えた。

これまで1時間以上の通勤時間をかけて会社に毎日通う日本人が多い、東京を中心とする都市圏のサラリーマンは、在宅勤務を基本とする仕事形式になった。

たとえ、この先、ワクチンや治療薬が開発され、新型コロナウィルスの感染拡大が止まったとしても、在宅勤務が可能な仕事のスタイルはある程度残ると私は考えている。

ある有名な大企業の創業会長がNHK9ニュース、アンカーの男性インタビューにコメントをした。そこの営業マンが、直接潜在顧客に会うことなしに、オンラインの面談のみで、新規案件を受注することに成功したという。

それまで、そこの会社では、直接的に売り上げ増加に寄与していないようなスタッフでも、「彼はよく頑張っている」(長時間勤務をこなしている、人間関係を大事にしているなどの意味ではないかと思うが)ということも、人事考課の重要な指標であったが、その会長いわく、これからの人事評価は、頑張っているなどという抽象的で、具体的な数字で説明出来ないようなことではなく、具体的な営業成績などで、このコロナ感染拡大により変化したワーク・スタイルに合わせ、評価する仕組みを導入することに決めたと明言した。

外資系企業では、実益を追求し、具体的な営業の数字を高く評価する一方で、

そのプロセスだとか、チームワークなどの「頑張り」を積極的に評価の考課に加えないところも多いが、日本の一般的な企業、特に製造業など、それまでの企業文化がある程度築かれているような企業体で、そのような評価を改革することに大きく舵をとる会社は、多くはなかったと思うが、このような、社会の仕事の仕組みを大きく変える事態が発生することで、これまで、保留されてきた多くの、業務効率化などを含めた懸案事項が、実現するきっかけをつくったと言えなくもない。

世界に目を向けてみると、米中のパワーゲームでは、中国がこれから優勢になっていき、アメリカは、国力を徐々に失っていくのではないかと見る向きも少なくない。また、人口が飛躍的に増加する見込みがある、インド、インドネシアなど新興国などが今後経済力を増して、それに応じた影響力を行使していくことが想定される。このような状況の中で、日本という国が、どのような立ち位置で、どのようなことに基づいて、これから経済を支えていくべきなのかを見究めていくことは非常に困難な状況にある。

このような不確実性の時代にあって、多くの大企業は、利益を設備投資などに向けず、内部留保として、キャッシュを蓄えていることも、この不確実性のリスクに備えている証左でもある。

AIの台頭により、現在ある職業の半分以上の知識集約型職業はAIに取って代わられると言われている。自動車が自動運転で制御される時代も、もう目前まで来ているが、そうなれば、タクシー、トラックなど、人や物を運ぶ仕事に人間が必要なくなつてくる。

そう考えていくと、多くの人が仕事を失い、見つけることが出来ず、路頭に迷うことになる。

これまでの常識や、社会構造の大きな転換点に来ていることに、どれだけの人が緊張感を持って対応しているだろうか。

今ある仕事も、ある日突然無くなる時代になってしまったということだ。それを前提に考えると、今やっている仕事が急に無くなっても、困らないように次善の策をあらかじめ講じておくことが、これからの時代には求められていると私は、感じている。

私がこれまで勤めてきた企業は、2万人を超える数の社員を抱える大企業であったものの、外資系企業であった。外資系企業というものは、いつ何時、本国や、支社がある国情の変化により、出資先の支社を閉鎖するとも分からない事業体である。

そうなれば、そこで働いている従業員は、仕事を失う。そのようなリスクを考慮し、私は、約15年前から不動産投資をやっていている。


これからの時代は、本業以外にも、仕事を持っていて、本業が成り立たなくなったら、副業を本業とするような働き方が要求されてくると思う。

新型コロナウィルスは、ワクチンの接種が可能になれば、3年後くらいには、収束を迎えることが想定されている。しかし、コロナウィルスは、インフルエンザ同様、形を変えて、また再び感染拡大する可能性が極めて高い。

そうなれば、また、ワクチンも治療薬も作り直さなければならない。また、人との接触を断ちながら仕事をすることを強いられる環境になる。これを前提に考えると、副業も非接触型のビジネスが継続性、安全性が高く良いのではないかと思うので、これを推奨したい。

不動産投資も非接触型ビジネスと言える。これまで接触型ビジネスであった飲食店は、これまでの常識にとらわれないような大胆な店舗形態を取ることにより、感染症拡大にも強いビジネスモデルが構築できるのではないかと私は考えているので、皆さんもアイデアを考えてみてほしい。

例えば、飲食店であれば、すべて個室にし、その個室の席もアクリル板などで完全に仕切る。個室内の知人との会話は、各席に設置された、マイクとスピーカーでコミュニケーションを取るようにし、会話中の飛沫感染をしないようにする。食器やハシは、完全消毒する食器洗浄機を用い、手洗いはやめる。注文は、オーダーもマイクとスピーカーで個室と厨房を直接つなぎ、客と店舗スタッフの接点を無くす。回転寿しのようにベルトコンベアを使用。店内の空調を完全にするために、病院に入院している感染者の病室のウィルスが外部に流出しないようにしている減圧装置を用いて、店内にウィルスが蔓延しないような空気の流れをつくる。会計もオートレジでカード決済、もしくは予約時にカード情報を登録し、精算も自動で行い、スタッフとの接点を無くす形式が良いのではないかと考えているがいかがだろうか。

アルパカに期待 コロナ治療薬 温かい社会生活 取り戻すために!

新型コロナウィルス アルパカ 治療薬 に期待高まる

今日、私がテレビ朝日のニュース番組を観ていると、北里大学などが、

アルパカの抗体が新型コロナウィルスを抑制・中和することを発見、治療薬の開発への期待が高まっているとの報道があった。

新型コロナウィルスの感染が拡大したから、多くの感染者が日本国内でも多数出て、全国的な緊急事態宣言が発令され、重苦しい空気が日本の社会を覆っていたが、新型コロナウィルスの治療薬を海外ではなく、日本国内で開発されたことだけでも、明るい兆しが見えてきたように感じるところ、その材料がアルパカということに驚き、また、アルパカのほのぼのとした映像がお茶の間に流れると、気持ちが和んだ人も多かったのではないだろうか。

大学の研究所も、研究とはいえ、実にユニークな動物を研究しているもので、面白いと私は思った。

 

 

私は、動物園が好きだが、まだ、アルパカの実物にお目にかかったことがないと思う。

毛がモコモコとして、首が長く、ダチョウにも似ているようにも思えるが、アルパカは、種類としては、ラクダ科に属していて、アルパカの抗体の種類は、ラクダ科の特徴でもあるようだ。

最近、私は、仕事で医薬品業界のリサーチをする機会がある。新型コロナウィルス関連の企業だけでも、実に多種多様な企業が日本にはあるのだということが分かった。

今回のこの、アルパカの抗体を利用した治療薬については、先のテレビの中で医療関係の専門家で大学の講師であり、以前外務省で医務官を勤めていた男性が言うには、製品化されるまでには、2年は要するのではないかとの見解であった。

他の感染症分野の専門医師も、NHKのテレビ番組の中で新型コロナウィルスの治療薬、特効薬は、臨床試験や、大量生産する企業体制の構築も含めると、やはり2年は掛かると言っていたことから、専門家からすると、共通の認識であるようだ。

しかし、2年というのは実に長い。既存の治療薬を新型コロナウィルスに流用することで、重症化した場合への対策となりうるが、これまでの投与例からすると、割合的には、8割に投与の効き目が認められるのが最高だとすると、残りの2割の人たちは、治療する術もなく、亡くなることになる。

新型コロナウィルスは、感染力が高いことから、感染そのものを完全に防御することは難しい。なぜなら、社会生活する以上、家に留まることは出来ても、食料や身の回りのものを購入するのであれば、人との接触を100%しないようにすることを2年以上継続することは極めて困難であるからだ。

人里離れた山奥で、自給自足の生活をしていれば、それも可能かもしれない。

日本の食料自給率の低さ(カロリーベースで50%(データ:農林水産省)、インドや、インドネシア、ブラジル、アフリカでなど新興国における将来的な人口の爆発的な増加による食糧難を考え併せると、自給自足はこれからの社会では、必要になってくる可能性はある。

でも、いくら、死亡率が高いウィルスに罹患したくないとはいえ、死ぬまで、誰にも会わず、山奥で孤独に一人で生活するのは、私は御免だと思う。

電話やオンラインで話が出来たとしても、血の通った人間としては、人との触れ合いもなく、バーチャルの世界で生活していかなくてはならないのは、何としても避けたいと思う。

オンライン飲み会とか、オンラインお茶会が今後の社会のスタンダードになっていくのだろうか。服用した人が100%治る治療薬が開発されることなしには、安心して生活出来ないような社会になってしまった。以前では想像もしないようなことだった。

安心して、温かい、ぬくもりのある人間関係、社会が早く回復してほしいと願っている。握手したり、ハグしたり、愛情表現をしたりすることは、人間にとって基本的なことではあるけれど、心温かい人間生活をする上では、なくてはならないものだと思う。

アルパカくんに、前祝いとして、乾杯!

ワンルームマンション 投資 成功したい人へ

ワンルームマンション投資で成功するための出口戦略について、サラリーマン投資家の観点から、お伝えしていきたい。

私は不動産投資の手始めとしてワンルームマンションを購入した。

自分で住むためにではなく、投資用だ。

購入にあたっては、数冊の不動産投資に関する本を、すみからすみまで読み、要点を整理して、購入条件を考えてみた。

そして、ひたすら、インターネットで物件探しを開始した。

探し始めて、ほどなくして、自分で設定した購入条件に、ほぼ合致した物件に遭遇した。

電話を不動産会社の担当者にかけて、必要な情報を取得した。

その物件は、地方都市にあったため、東京から飛行機に乗り、物件を自分の目で確かめるために赴いた。

現地で確認しなければならないことは何か分かるだろうか?

まず1つ目には、立地環境である。

各々の物件には、その立地環境に合った入居者が決まるケースがほとんどである。

当該物件は、主要ターミナル駅、旧帝大から至近で、大企業に勤務するサラリーマン、大学生がターゲットとなるわけだから、

まわりに、その生活を支援するような商店、飲食店があるかどうかという点は、

要チェックポイントとなるのは、言うまでもない。

自分があらかじめ設定した条件の中で価格の点で、満たなかったため、価格交渉を行うも、売主は強気で応じなかった。

そのため、仕方なく、売値で購入することに決めた。

購入は、すべて自己資金で賄った。レバレッジはゼロである。

このやり方、即ちレバレッジをかけない投資手法の是非については、意見の分かれるところである。

私の場合には、レバレッジをかけて、不動産投資を行うために、より購入金額の大きいアパートやマンションを買う場合、そのリスクを許容出来るか確信が、その時点で持てなかったことが、主な要因である。

たとえば、購入したワンルームマンションの5倍の売価である木造アパートを購入する場合、5分の4は、すべて融資となり、入居者が入らず、空室が継続した場合。

その不動産は、差し押さえられ、融資元の銀行が競売にかけて売却、融資形態がノンリコースローンであっても、投下した頭金は、返却されないことになるだろう。

その場合、投下した頭金は、ノンリコースローン(大抵の場合、より良い条件のノンリコースローンは受けられないケースが多い)の場合、

それ以上の資産の差し押さえは免れるが、ノンリコースローンではない、通常のアパートローンの場合は、他の資産にもその弁済責任の遡及が発生する場合があり、リスクは高い。

ワンルームマンションは、その不動産としての特異性から、出口戦略を購入前に立てることが必須な投資商品である。

だから、購入後も、自己物件が不動産市場、特に中古ワンルームマンション市場で、どのような位置付けにあるのか、そのモニタリングが欠かせない。

新築ワンルームマンションはどうだろうか。

出口戦略が必要不可欠である点は、中古物と同じ。

では、新築ワンルームマンションと中古ワンルームとの違いはなんだろうか。

これは、新築ワンルームマンション投資を考えるにあたり、非常に重要な観点である。

資産が潤沢にあり、収入にも事欠かない、医師や弁護士、企業経営者、公務員であれば、その他の人に比べ、それ程考慮する必要性は、それ程高くはないとも言えるが、

それは、やはり、どこで、物件を手放す、もしくは手放さないかという観点である。

先の専門性が高い人、年収が高い人たちは、自分の収入を銀行融資を受けて、ワンルームマンションを購入することで、支払う税金を圧縮しつつ、相続対策にもつながるわけで、そのようなメリットを大いに享受出来る。

では、それほど収入が高くない人には、どれ程、新築ワンルームマンションを購入するメリットがあるだろうか。

定職が、不動産経営以外にある場合、入居者がある一定期間無くても、自己至近で穴埋めすることで、抵当流れを防げるという点が挙げられる。

しかし、年収が高くない場合、融資を当然受けて新築ワンルームマンションを購入するわけだが、それを購入後何年間所有しつづけるかが、ポイントとなる。

また、その場合、「お金のスピード」という観点は、欠かせない。

アメリカのサマーズ財務長官(日本の財務大臣に相当するポスト)はこのようなことを述べた。

「投資には、高速道路と一般道路しかなく、その中間はない。」

何を目的に購入し、将来、現金化する必要があるのか、それとも、死ぬまで所有し続けるかによっても異なる。

しかしながら、投資である以上、投下資本に対して、どれだけのリターンが、投資を開始してから見込めるのかという点 ( ROI ) と、その時間軸(年数)はどうなるのかという見通しを立てることは、新築ワンルームマンション投資を考える上では、とても重要になる。

このことを、新築ワンルームマンションの購入を検討している人には、よく熟考いただきたい。

不動産投資 成功 ノウハウ

私は、約15年ほど前に不動産投資を始めた。

去年、約14年の不動産ローンを終えて、ほっとしている。

その理由としては、不動産投資には、いつもリスクがつきまとうからだ。

このリスク感覚を持つことなしに、不動産投資で成功することは、なかなか難しいと考えている。

まだ、今ほど、不動産投資がブームになり始める前のタイミングだった。

それまで、不動産に関わる仕事をしたことは一切無かった。

いわば、不動産投資については、ど素人であった。

敢えて言うなら、不動産投資を始めるまでの約10年間、外資系企業のマーケティング部門で、分析業務を担当してきていたが、その経験が役立ったことは確かだ。

不動産投資は、融資を受けて始めるならば、いつ何時、不足の事態が起きても良いように、あらゆる観点から、リスクを事前に想定しておくことが求められると言っても過言ではない。

これは、実は、不動産に限らず他の投資についても言えることだ。

投資は、その投資行為を始める前に、その後成功するかどうかは、ある程度決まっている。

投資を始める前に、どれだけ周到な準備をしているかどうかで、その成否が決まる。

株投資でも、同じだ。

チャート分析、ファンダメンタルなど様々な株式投資のアプローチがある。

じぜんに、自分が傾倒する手法を十分に勉強する。

又、その手法が本当に機能するかを、実際に自己資金を、市場に投下する前に、点検するくらいの慎重さが肝要である。デモトレードで試行するのも、そのような観点から推奨される。

これを怠ると、汗水流して、長年努力を積み重ねて築いてきた財産が、ほんの一瞬で水泡に帰する事例には、枚挙に暇がない。

かくいう私も、先物取引で、十分な準備もせずにマーケットに踏み込み、極めて短い期間に、中堅サラリーマンの額面年収に相当する金額のお金を失うこととなった。

その苦い経験があり、現在FX投資を1年ほど継続してやっているが、かなり慎重に投資している。

先物取引、FX投資に共通することとして、レバレッジの高さが挙げられる。

これは、手元資金(投資資金)を100万円と仮定した場合、投資商品によっては、2000万円以上の取引が出来ることを意味している。

その意味で、FXや先物の金融取引(現物株取引を除く)は、ハイリスク、ハイリターンである。

先の例(自己資金100万円)で、10倍のレバレッジ、即ち、1000万円の

FX取引をしたとしよう。

その結果、失敗して、1000万円をすべて失った場合どうなるか?

自己資金100万円を失うだけでなく、自分が所有する他の預貯金、不動産を切り崩して、残額の900万円をFX会社に支払う義務が生じる。

そのようなハイリスク、ハイリターンの投資に比べると、不動産投資は、ケースにもよるが、一般的には、ミドルリスク、ミドルリターンと言われている。

最近では、銀行や信用金庫などの金融機関は、ひと昔前に比べ、不動産投資の融資に慎重で、購入価格の3分の1の自己資金を頭金として準備することを要求するところが多いと聞く。

そのように仮定した場合に3千万円の投資マンションを購入するときには、

自己資金が1千万円必要。

1千万の自己資金で、その3倍のレバレッジをかけて、3千万円の物件を購入する場合のリスクは、1千万の自己資金で、20倍のレバレッジをかけてFXをやり、2億円の金額に投資を行うよりもリスクが低いと言える。

レバレッジや、投資金額の総額が高い場合に、考えなければならないこと。

それは、その投資行為で最悪のシナリオは何かを考えることだと、私は思う。

先のFX投資で20倍のレバレッジをかけて、投資をした場合、その金額によっては、

ある人では、住んでいる家や、将来のために蓄えていた預貯金、結婚していれば、その失敗に起因した離婚により配偶者や子供を失うリスクがワースト・ケース・シナリオとなる。

では、500万円のワンルームマンションを100%自己資金で購入した場合のリスクは何だろう。

ケースとしては、地震でマンションが全壊し、建て替えを望むも、管理規定にそった

入居者全員のうちの3分の2の建て替え同意が無いため、投資資金の回収の見通しがたたなくなるようなことだ。

このように、不動産投資で成功するための、基本的な土台は、リスク管理だ。

いかにして、投資を開始する前に準備をし、リスクに備えておくかが、転ばぬ先の杖となり、万が一投資に失敗したときにでも、再起を果たすことができる。

投資という行為には、常にリスクが、つきまとうという緊張感を持続させることが欠かせない。

アメリカの食肉加工報道から、日本の状況を考える

私が自宅でJCOM TVの米国CNNニュースを見ていると、衝撃的な報道があったので、シェアしたい。

ロイター通信情報によると、アメリカで食品加工従事者が、新型コロナウィルスに数千人感染、20名死亡とのこと。

アメリカのスーパーマーケットチェーンのクローガーは、上記の影響を懸念し、がいくつかの店において、食肉の購入制限をしていると発表。

このため、アメリカ国内では新型コロナウイルス感染した食肉加工従事者の数が人手不足に陥り、食肉供給が少なくなることで、食肉不足への懸念が強まっているのだ。

スミスフィールド、カーギル、JBS・USA、タイソン・フーズ、スミスフィールド、カーギル、JBS・USA、タイソン・フーズを含む食品加工企業は、従業員の新型コロナ感染を受け北米の約20の食肉処理工場で操業を停止している。

トランプ米大統領は4月28日、国内の食品供給確保に向け、国防生産法に基づき、食肉処理施設に操業継続を命じた。

日本のスーパーでもアメリカ産の食肉(牛、豚)が輸入販売されている。

先のCNNによる食肉加工企業への匿名インタビューでは、食肉の加工業務を行う際には、企業からマスクの支給はあるものの、物資不足により、手袋の支給は無い状況(素手)で食肉を加工することを余儀なくされているとの報道があって、かなり、危機的状況だと、私は感じた。

食肉にウィルスが付着したものを完全に消毒した上で、食べることは不可能ではないかと考えたからだ。

同じ理由により、アメリカのスーパーでは、食肉の購入をストップしたと考えられる。

自宅にこもっていても、購入した食品から感染することが不可避である場合、自宅に居ても、感染は拡大し続けるということになる。

上記は、食肉加工だけに限定した報道であるが、では、他の食品は大丈夫であると言い切れるだろうか。

リスクとしては、当然、他の食品の流通プロセスにおいても、食肉と同様であるとしか言いようがない。

たとえ仮に、食材料品が小売店まで、感染することなしに納品されたとしても、

果たして、食材良品への感染を防ぐために、どの程度の対策を講じた上で、包装、加工しているだろうかとの疑念が拭えない。

病院での医療スタッフの防護対策を考えてみたい。

頭の先から、足のつま先まで、切れ目なく防護すために、粘着テープで、各防護パーツのつなぎ目をふさぎ、トイレに行くため、ご飯を食べるときに、防護服を一旦脱いだら、それらの防護服は全部一式廃棄しなくてはならない。

そして、医療現場に戻る前には、再度、頭の先から、足のつま先まで完全に防護服に身を包まなければならない。

この対策をしなければ、感染リスクを完全に排除することはできないために、医療従事者は、この手順を厳守している。

だとするならば、翻って、食品加工、包装する小売店では、医療現場相当の感染防護対策を採用しているところがどれだけあるだろうか。

せいぜい、マスクと手袋をするぐらいで、あとは、体がむき出しの状態で、加工作業を行い、休憩したあとも、手袋などの装備品の交換はしていないのではないだろうか。

トランプ大統領が食肉工場に国防法を援用してまで、感染者が出ている工場の操業継続を命令したのは、食品の供給がストップすれば、パニックや暴動になりかねないからだ。

では、このことを日本は対岸の火事として、考えて良いだろうか。

日本の食料自給率を見てみる。

農林水産省によると、

https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/012.html

「平成30年度の食料自給率は、カロリーベースで37%、生産額ベースで66%となっています。
また、食料国産率は、カロリーベースで46%、生産額ベースで69%、飼料自給率は25%となっています。」

食料の半分は、カロリーベースだと54%、半分以上を輸入に頼っている状況。

さらに考えてみよう。日本の食料備蓄の状況。

https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/012.html

 

同じく、農林水産省によると、

農産物備蓄の状況
品目概要
政府備蓄米の適正備蓄水準は100万トン程度
食糧用小麦国全体として外国産食糧用小麦の需要量の2.3ヶ月分
飼料穀物国全体としてとうもろこし等の飼料穀物100万トン程度を民間備蓄

となっている。

では、具体的に、海外からの輸入がストップした場合、日本の全国民の食料を賄うための食料は、どれだけの期間分あるのか。

最近の政府の発表では確か、1年に満たない期間だったと覚えている。

もちろん、食料の調達先は、米国だけではないし、食料輸送のロジスティクスに問題が生じているとの報道は、日本のみならず、海外でも無い(ただし、アメリカの場合、感染者の数が世界一多く、日本に比して膨大な数の感染者と死者がいることから、失業者が多数発生し、多くの生活困窮者が食料の配給を受けているという状況にはある)から、近い将来日本で食料危機が発生する懸念は多くはないと思うので、責任ある、冷静な行動を呼びかけたい。

しかしながら、今般のような世界的規模で致死率や感染力の高いウィルスの感染拡大が、将来的にも発生する可能性を考慮すると、日本の食料自給率が50%というのは、大きな懸念材料であり、今後、その対策を議論する必要がある。

遠くない将来には、世界人口が現在の発展途上国や新興国を中心に大幅に増加し、食料危機になるとの懸念がある。

それに備えて、田舎暮らしで自給自足というのもありだが、最近の新聞報道で、田舎には都市部ではあまり無いようなことが起こり得ることを考えなければならないと思った。

四国の農村で新型コロナウィルス感染拡大初期において、1人の小学生が感染したところ、誰が感染したのかという氏名と住所を照会する電話が役場に殺到したらしい。

田舎への引越しは、そのようなリスクがあるから、都市部からの転居を考えるのであれば、いつでも、都市部に戻れるようリスク対策が必要だ。

67年式空冷ビートル・オーナー・ストーリー

フォルクスワーゲン・ビートル。

それは、ドイツがつくった最高傑作の車の1つだと思う。

私は、67年式空冷ビートルに乗っていたことがあるので、その体験を話していきたい。









ビートルは、私が、ニュージーランドに留学していたとき、購入した。

私は、当時、ニュージーランド最大の経済都市、オークランドのビジネス・カレッジに通学していた。

私のホームステイ先のノースショア・シティから、その学校までは、少し距離があったので、バスで通学することも出来たが、ビートルで通っていた。

通学当初は、別の車、メイフェア・ミニに乗っていた。

ミニを売却し、ビートルを個人売買で購入した。

個人売買の雑誌が当時、ニュージーランドにはあって、それで見つけた。







色は、パープルっぽいピンク。

まあ、女性向きのカラーではあったが、都合もあり、ビートルは興味がある車だったので、その車を購入することにし、オーナーに電話をし、アポイントを取った。

そのオーナーは、ニュージーランド人で、年齢は20代半ばくらいで、ブロンドのショートカットのおしゃれな雰囲気の女性だった。

待ち合わせ場所は、彼女の勤務先の会社の事務所がある建物の前のパーキング。








その日は、確か、土曜の午前中で、オフィスが集まるエリアだったが、人は他にいなく閑散としていた。

ニュージーランドは、通常、完全週休2日で、土曜は、

街の中心のエリアであっても、マクドナルドなどの一部の店舗を除き、すべての商店は、クローズしていた。

待ち合わせ場所に行くと、しばらくして、彼女が現れ、なぜだか、彼女の職場の同僚の男性を紹介された。

私は割と、物事には基本、慎重であるので、一通り、車の状態を点検した。








当時既に、その車は製造されてから、だいぶ年数が経っていたので、全体的に、サビなどの腐食が進んでいて、ボディの塗装も含め、至る所にレストア(修復)された跡があった。

古い車であるから、ある程度のダメージは覚悟の上だったが、想像以上にビートルの車体の状態は芳しくなかった。

購入後、数年は所有する予定であれば、おそらく購入はやめたと思う。







そのような車体状態であったが、日本への帰国までは、残るところ3カ月の短い期間であったので、思い切って購入した。

しかし、購入後は、想像もつかないような、ハプニングの連続であった(笑)。

その前に乗っていたミニもまた古かったので、ハプニングには、慣れてはいたものの、それを上回るような体験をすることになるとは、購入する、そのときには、全く考えもしなかった。

購入したあとのドライブは楽しかった。








トランスミッション(ギア)はマニュアルの4速だったが、そのシフトフィールが独特だった。

変速するときの感じが、にゅるんとしていて、柔らかい、ソフトな感じで心地良かったのを覚えている。

エンジン音は、これも独特で、ご存知の方も多いが、バタバタとエンジンがまわり、このフィールもとても耳に聞こえが良い。







ストレスフルな日本の社会にいると、休みの日に車を運転するときには、リラックス出来る静かな車に乗りたいと思う人が多いと思う。

だけど、ビートルに乗っていた頃を思い出すと、私は、日本で乗っている自動車の静か過ぎで、かえって物足りなさを感じるのだ。

日本でも、スポーツカーや、外車の乗っている人たちは、このようなドライビング・フィール、独特のエンジン・サウンドを大事にしている人が多いように思う。









ニュージーランドで当時所有していた空冷ビートル(エンジンを冷却水を入れたラジエーターで冷やすのではなく、走行中に取り込む空気で冷やす構造)は、マフラーが錆びで穴が空いていて、かなりの爆音(それも好きだったが)で、まわりに迷惑だと思い、新しいマフラーに入れ替えることにした。

マフラーのタイプはスポーツタイプでなかなか小気味の良いサウンドを奏でた。

それで、そのサウンドを聞きたいがために、ウィンドウをオープンにして走行していた。









ある雨の日、街中を走っていて、十字路の交差点でハンドルを切って曲がっていたとき、何と、車が滑り出して、4輪ドリフトしてしまった。

普通にハンドルを切っただけであるにもかかわらず、車が滑り出したことに危機感を持ち、タイヤが原因と思い、4本のタイヤを全て、新品のダンロップのラジアルタイヤに入れ替えた。

ところが、タイヤを入れ替えた後、雨の日運転していて、ハンドルを切ったところ、また、まさかのドリフトが起こってしまった。

悩み、考えた挙句、この原因は、ショックアプソーバー(タイヤと車体の間にあり、道路面の衝撃吸収する、エアー、オイル、ガスが注入されているポンプのような装置)を入れ替える結論に達した。

これは、理にかなっていた。

なぜなら、66年式のオリジナルのショックアブソーバーは、極めて特殊であったからだ。

後部2本のショックアブソーバーは特に特殊で、後部座席に乗員がいない場合、タイヤが逆はの字になるのだ。

これが、タイヤを通して、車の駆動力(トラクション)が路面にしっかり伝達されず、路面摩擦が少なくなる雨天時に、タイヤが滑ってしまう理由だ。

マフラーと、タイヤを交換した、VWを扱うショップにまた出向き、日本製のKYBガスショックを4本入れ替えた。

何回もそのショップに行くはめになったので、段々、そこのオーナーと顔なじみになった(笑)。

その後は、ドリフトしなくなったことは言うまでもない。

ところが、トラブルはまだ続くのだ(笑)。

ある日、交差点で信号待ちをしていて、一旦ギアをニュートラルにして、信号が青になったので、ギアを1速に入れようとしたが、入らない。

仕方なく、2速で発進しようとして(以前、日本でダンプトラックのバイトをしていたことがあり、2速でも発進できるとの発想があったため)、2速に入れようとしたが、また入らない。

その後、3速、4速のポジションにギアを入れることを試みるも、全て入らない。さすがに焦った。

ところが、後続車はクラクションを鳴らすこともなく、なだらかな登り坂にさしかかる交差点の信号が青になり、私の車が動かないのを気づいているはずだが、気長に待っているのか。

その当時のニュージーランドは、まだ、60年代の車が至るところで現役として走行していた。

だから、車が故障して、路上で立ち往生することは、日常茶飯事であった。

そのためか、私の車が青信号になり、動き出さなくても、後ろに連なっていた数台もの車は1台もクラクションを鳴らさない。

優雅な時代だったなと思う。

日本だったら、その当時でも、速攻すかざずクラクションが鳴り、鳴り止まなかったのではないかと思うようなシチュエーションだった。

そのように困っていた私だったが、まだ手段が残っていることに気がついた。

それは、リバース、バックギアだ。

試してみたところ、なぜか、リバース・ギアには入った(笑)。

そこで、仕方なく、後ろの5〜6台の車にジェスチャーでバックしてもらい、私はバックしながら、路側に車を寄せ、退避することが出来た。

ふ〜うっ。

トレーラーに車を積み込み、ショックアブソーバーを入れ替えたショップに持ち込んで、調べてもらったところ、クラッチが限界の状態だったので、交換した。

しかし、トラブルは続く。

突然、エンジンがかからなくなった。

また、例のショップにBeetleを持ち込む。

ショップオーナー曰く、エンジンからオイル漏れがあり、スパークブラグにオイルが付着したため、点火しなくなったためだと判断された。

私が乗っていたBeetleのエンジンの状態は、オイル漏れがあり、決して良い状態ではなく、自分だったら購入しないと、ショップオーナーは言った。

彼は、もし、また、ビートル買うなら、買う前に見せてくれれば、良いエンジンかどうか教えてくれると言った。

この66年式ビートルは、実はもう1つ問題があった。

ステイしていた、オークランドは、海に面していた。とても綺麗な海で、イギリスから移民してきた富裕層は皆、ヨットやクルーザーを所有していた。

そのようなこともあり、オークランドはsails of the cityとも言われていたくらい、ヨットの愛好家が多く、住んでいた。

そのような地域なので、海が近く、海風で車が錆びやすいというデメリットを抱える地域性だった。

御多分に洩れず、私が所有していたビートルもまた、錆びが多く、ドアのヒンジ(ちょうつがいのところ)が錆びていて、大きな穴があった。

オークランドには、ハーバーブリッジという大きな橋があり、高速道路の一部で、私の通学の際には、毎日そこを通っていた。

ある時、そこをビートルで走行していると、ハンドルを切って、レーンチェンジをしたわけではなかったが、横風で、隣のレーンに、自分の直進する意思を無視する形で、スライドしたことがあった。

隣のレーンに車が進行していたら、あわや大事故になっていたが、事なきを得た。

そのようにトラブル続きではあったものの、足回りのカスタマイズを施し、愛着が深い車であり、楽しい思い出もたくさん出来た。

同じ、ホームステイ先にいた、香港から来ていた、元スチュワーデスの美人の女の子とデートをしたときにドライブをして乗せたことがあったが、この車は嫌いだと、厳しいお言葉を頂戴した(笑)。

日本に帰国する前に知り合った、関西から来ていた日本人留学生に無償で譲渡した。